雑誌「playboating@jp」掲載記事~『前人未到・不滅の記録』を打ち立てた日本男子マスターズ~後編

2019年9月6日

以前、雑誌「playboating@jp」(現在休刊)に掲載された私のレポート記事です。編集長・小倉陽一氏のご厚意によりブログ掲載の許可を頂きました(*^_^*) このブログには雑誌に掲載された記事の原文を載せております。2017年日本で開催された世界大会においてマスターズ部門で優勝した時のものです。長いので前編・後編に分けています。

こちらは後編になります。前編はこちら

各レースの内容

ラフティング競技はスプリント(SP)、ヘッド・トゥー・ヘッド(H2H)、スラローム(SL)、ダウンリバー(DR)の4種目があり、各種目の得点配分は、SPが100P、H2Hが200P、SLが300P、DRが400Pの合計1000Pとなります。

各チームのそれぞれの種目の順位に応じて、ポイント(P)が与えられます。私達が目指していたのは、当然、4種目1位での最高得点である1000P獲得しての総合優勝でした。

そして迎えた2017年10月6日の大会初日。最初の種目は短距離のSPです。

メンバーは、左前から三馬、日隠、高畑、そして右前から小林、安藤、八木澤の布陣で挑みました。


(スプリントの布陣)

実際のレース時のボートの挙動としては、左右に細かいブレが生じてしまい決してベストの動きではありませんでした。しかし、それでも全員でボートを前に進ませることができ、激流中のコース取りもほぼ予定通りでチームの感覚としてはまずまずの出来でした。


(スプリント種目における「R6 Masters」。トップスピードで激流に突入したまさにその瞬間!激しい水しぶきが目前に舞い上がる!)

 

結果はマスターズにおいて過去2回世界王者になっているニュージーランドを抑えての1位。しかも、オープンカテゴリーで1位だったブラジルをも上回るタイムでの圧勝でした。

「ブラジル男子オープンにも勝った!」

この結果に私達の自信は『確信』へと変わります。

「俺達は速い!自分達の漕ぎをすればオープンにも勝てる!」こう確信した瞬間でした。

それまでも「オープンに勝つ」とは言ってきましたが、実際に最初の種目SPでそれを実現することで、自分達の目標がより現実味を帯びたものになったのです。

この時点からチームは本当の意味で「本気」となった気がします。

少し大袈裟に言えば「マスターズでの優勝」はもはや眼中になく、「オープンに勝つ」という事に向かってチームは、本気で一丸となって進んでいくことになるのです。

勿論オープンにも勝てれば、結果的にマスターズで優勝できるという考えはありましたが・・・。

チームの士気は俄然高まり、同日午後には、2種目目のH2Hに挑みました。この種目はSPと全く同じコースで行われますが、今度は相手チームと並んで同時スタートし、時には激しく接触するガチンコレースです。

メンバーの布陣はSPと一緒。順当に勝ち上がり準決勝では、強豪国チェコ相手にあわや敗退かという場面もありましたが、相手チームに反則がありなんとか決勝進出しました。相手チームの反則を審判がきちんと見ていてくれたのです。運のないチームにはこのような事は残念ながら起きません。運も自分達を味方していると感じました。


(負けた!?・・と思った瞬間)

決勝の相手は、同じく強豪国であるNZ!しかしチームの勢いは止まらず危なげなく1位を獲得し、大会初日を2種目制覇というこの上ない形でのスタートを切ることができました。

そして中1日を挟んでの大会3日目。いよいよ大会の山場であるSL種目を迎えました。このSLをどう乗り切るかで、その後の展開が大きく左右される非常に重要な種目です。

SLに挑むチームの布陣は、左前から三馬、貝本、高畑、そして右前から小林、安藤、八木澤でした。初日の布陣からは日隠に変わり貝本が入った形となります。


(スラロームでの布陣)

私達にとって、この種目で最大のライバルは、パドリング大国であるチェコでした。

元オリンピック選手もチームメンバーに加えており、チェコが過去の世界選手権マスターズのSL種目において1位を逃したのはたったの1度のみです。他は全部チェコが1位を独占してきました。このチェコの牙城を崩せるか否か・・ここが勝負の肝となりました。


(最大のライバル・チェコ!)

しかし、私達R6 Mastersも、三馬と安藤というSL競技において二人のオリンピック選手を擁し、貝本も国体出場の経験があります。また高畑、小林もテイケイ時代に世界選手権においてSL1位を獲得した実績を誇ります。

「自分達の能力を発揮すれば、チェコを倒しSLでも1位を取れる!」

それに加え「オープンカテゴリーの全チームよりも速いタイムを叩き出す!」

誰もが口に出すまでもなくチームには、このような明確な目標がありました。

そして結果は見事マスターズ1位!

正直、SLに関してもチームの出来としては決して満足できるものではなく、不満の残るランとなってしまいましたが、それでも1本目、ペナルティ無しのクリーンランをしたことが大きく影響し1位を獲得できました。

しかも結果的に、このSL種目でもオープン1位となったブラジルよりも速いタイムを出すことができたのです!


(スラローム種目での難所。落ち込み上にあった6番ゲート(緑色)を通りながらも、全員の意識はすでに次の7番ゲート(赤色)に向いている。)

そして迎えた大会最終日の最終種目DR、大会の最後を飾る長距離種目です。得点配分も4つの中で最も高い種目となります。

最終種目に挑む布陣は前日のSLと一緒です。私達はチェコ、NZ,ブラジルと同組での4艇同時スタートとなりました。

私達の戦略はとても単純なもので「スタートダッシュでそのまま一番前に飛び出し、ゴールまでぶっちぎる」これだけでした。

スタートから最初の瀬に入るまでは数百メートルのトロ場(静水)です。最初の瀬の入り口までに先頭になっておくことが最優先事項だったので、最初のスタートダッシュに全精力を注ぐことをチーム全員で共有していました。

「スタートダッシュが勝負どころ」

経験者ならわかりますが、静水を数百メートル続けてダッシュ(漕ぐ)することは、体力的に非常に厳しいものとなります。それだけで乳酸がたまり、全身の筋肉が疲労困憊してしまいます。40分以上の長丁場のレースでいきなり最初の数分で疲れてしまうわけです。

しかし、私達は「疲れる」「シンドイ」ことを覚悟して挑みました。なぜなら、そこが最初のそして”最大の勝負どころ”という事を理解していたからです。

ボートスピードで他のチームに勝っていることは分かっていたので、最初に先頭にさえ立ってしまえば、よほどの事がない限り、自分達がそのまま1位でゴールできる自信がありました。


(スタート直後の最初の瀬にて)

実際のレース展開は、まさに想定通りに進みました。最初に先頭に飛び出し、2位以下に徐々に差を広げつつ、そのまま1位でフィニッシュ!

レース中には、ボート内で全員が常に声を掛け合いました。コースを確認する声だったり、互いを励ます声だったり、漕ぎのリズムを整える合図だったり・・・無言だった時間帯はほとんどなかったと思います。

そして肝心のタイムは、大会参加チームで唯一の40分を切る39分台での最速タイム。ここでもオープンに勝つことが出来たのです。

目指してきた『完全優勝での世界一』を決めた瞬間でした。

世界一になっての感想

大会を振り返って、私達が優勝できた原因をあらためて考えてみると、それは非常にシンプルな事だったと思います。

『各自がチームが優勝するために動いていた』

この一言に尽きます。チームスポーツを真剣に取り組んでいた方々なら理解できるかと思いますが、これは時に非常に難しい事となります。

真面目に真剣に取り組んでいるがために、時にはお互いの考えや感情が衝突し、チームとして上手く機能しない事が多々あるのです。

しかし、このような事は、今回の私達「R6 Masters」にはありませんでした。

「優勝する為に集まったチーム」

ここが揺るぎないチーム方針の柱であり、最優先事項であった事を全員が理解していたのです。

「何の為に優勝するのか・・」

ここは各個人によって異なるものだったでしょう。ある者は、世界一という称号を得るため、ある者は家族の為・・などなど様々だったと思います。

大会を戦い抜く原動力はそれぞれ違ったものでも、目指す目的地は全くの一緒で、そこにチームとしてブレが入る余地は全くありませんでした。

マスターズのチームだけあって、各自が40年以上それなりの人生、競技人生を歩んできた集まりです。そういった意味では”プロ”であったと自分達のことではありますが客観的にそう感じます。

またチームの内部事情になりますが、チーム発足以来、国内予選から本大会までの各レースにおける登録選手の選考、ポジションの位置は、筆者である八木澤に一任されてきました。

「R6 Masters」は9人のメンバーで構成されたチームでした。当然ながら全員がレース本番で漕げるわけではありません。

しかし、世界大会の出場権を懸けた重要な国内予選、また世界大会までの国内大会において、チーム9名が全員『R6 Masters』として各試合で漕いできました。

どの大会も、今回世界一を獲る為に必要不可欠だったレースです。そのレースにチーム9名全員が選手として関わってきたわけです。

この過程なくして、今回の結果は物理的にもあり得ないのです。綺麗事ではなく、今回の優勝は、まさにこの9人で勝ち取ったものでした。

また余談になりますが、今回の世界選手権の表彰式には、ある方の写真も一緒に登壇していました。

日本初のマスターズ代表として、2013年NZでの世界選手権に出場が決まっていながら、大会前にこの世を去ってしまった小橋研二さんです。

ヤスさんとカイさんは、まさしく当時のチームメイトであり、筆者を含め小橋さんには生前お世話になったメンバーも多く、今回一緒に表彰台の一番高いところに上がれたことは本当に嬉しいことでした。


(小橋さんも一緒に表彰台に)

個人的には、今回で3回目の世界選手権優勝となります。その度に毎回思うことですが、自分の場合はいつも、本当にチームメンバーに恵まれています。

その時のチームごとに感じは違いますが、共通していたのは各メンバーが「最終的に優勝するために動いていた」と言う事です。

非常にシンプルですが、実際には難しいことなのかもしれません。それを共に実現してくれたこれまでの多くのチームメンバー達は本当に頼もしい存在でした。

今回で共に「世界の頂点」に立った仲間がまた増えました。最初から最後までブレずに一緒に戦ってくれた8人のチームメンバーに感謝です。

そしてまた、勝者の影には多くの敗者が存在しています。

このような事実を踏まえつつも、今回、自分達にもたらされた結果に素直に喜びつつ感謝したいと思います。

(以上がplayboatingJPに掲載して頂いた記事の原文です)